荒野にて

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黒部と槍

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黒部渓谷の探査と、その山岳紀行文で知られる冠松次郎
北アルプスで最初に山小屋を建て、槍ヶ岳を開山した穂苅三寿雄
この二人の巨人を紹介する写真展

 「黒部と槍」

この心惹かれるイベント、年度末の忙しのピークも、花粉症のピークも乗り越えて
恵比寿ガーデンプレイスに似合わない、ザックを背負ったり山靴を履いた
怪しいオトナたちに紛れて東京都写真美術館へと集った
  



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■暮れゆく笠ヶ岳、槍ヶ岳肩より 1924-1941

国立公園協会の制作による昭和7年の記録映像が残れるロビー、きっかり20分足を止め
昭和初期の登山風景と、上高地の夏の風景、山小屋での情景に目が釘付けとなる
当時の北アルプス登山、それは贅沢で優雅、限られたブルジョワにだけ許された
そんな大冒険だったと知ったと同時に、山好きな者たちは
今も昔も同じ顔をしてるんだなと、なんだかちょっと嬉しくなる映像だ

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■下ノ廊下の広河原 1925 

会場に入ると、そこはモノクロの黒部が流れている
いったい、どこで撮影されたものだろうか?あ、これは観たことのある場所だ
いやいや、ここはあの夏一人で立ちすくんだ、あの場所じゃないか
そんな、様々な黒部たちに惹き込まれて行く

会場には写真だけでなく、二人の巨人の遺したモノが展示されていて
例えば、冠松次郎の残したベント製ピッケルの横には、当時の地図が広げられている
赤ペンでいくつも書き込みがされた地図は、雲ノ平が、まだ奥ノ平と記されていた
地図の肩には、陸地測量部と記され「点の記」の柴崎芳太郎を想像させる
そして、その後には宇治長次郎の写真もあり、もうそれだけで黒部の歴史が凝縮されている

そんなモノクロの黒部の流れの一画、パーティションの壁一面に記された一篇の詩
ヤホー、ヤホー、この言葉たちが黒部を踊ってるように心に響いた

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■宇治長次郎 1925
 

   剱岳、冠松、ウジ長、熊のアシアト、雪渓、前剱
   粉ダイヤと星、凍つた藍の山々、冠松、
   ヤホー、ヤホー、
   
   廊下を下がる蜘蛛と人間、
   冠松は廊下のヒダで自分のシワを作った。
   冠松の皮膚、皮膚にしみる絶壁のシワ、
   冠松の手、手は巌をひっかく。
   冠松は考えている電車の中、
   
   黒部峡谷の廊下の壁、
   廊下は冠松の耳元で言うのだ、
   松よ、冠松よ。
   冠松は行く。

   黒部の上の廊下、下の廊下、奥の廊下、
   鉄でつくったカンジキをはいて、
   鉄できたえた友情をかついで、
   剣岳、立山、双六谷、黒部、
   あんな大きい奴がよってたかって言うのだ、
   冠松くらいおれを知っている男はないというのだ、
   あんな巨大な奴の懐中で、
   粉ダイヤの星の下で、
   冠松はいびきをかいで野営するのだ。
             
               室生犀星 「冠松次郎氏におくる詩」 

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気付くと2時間以上、モノクロの黒部と槍を彷徨っていた
この日の午後は、現代の冠松と称される(もっともご本人はそれを認められていない)
志水哲也氏と雑誌岳人の元編集長である永田秀樹さんの対談だった
 
都写真美術館学芸員である関次和子さんによる進行で始まった対談は
この企画の裏話的なものから始まり、永田さん志水さんの冠松、そして黒部の話へと流れる

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冠松は、山へ写真機を持ち込むことを由としなかったが
黒部の最奥へと探索を続け行く度に、この秘境の姿を残しておくべきだと考えを変えた
それは、きっと本人の、世の中が移り行く予感のようなものがそうさせたのだろう
そんな永田さんの話は聞いていて悲しかった
その予感の通り、かの十字峡を発見した二年後、黒部はダイナマイトで谷を破壊され
ダンプカーが入り、工事道が出来てしまう・・・
宇治長次郎らと、その奇跡的な十字を見つけた感動からたった二年のことだ

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■雲海の裏銀座の山々 槍ヶ岳肩より 1924

志水さんの語る、実は日本の自然の今がどうなっているのか?一番知っているのは
私たち、登山者や沢を遡行する者である、との言葉も重く聞こえた
国内の沢と言う沢を歩き続けている氏は、いつの間にか沢の上部から取水され
沢が枯れていたり、特別保護地域から外されていたり(なんと!あの剱大滝ですら、だ!)と
知らないうちに、自然と自然をとりまく環境がどんどん変化していることに
訳のわからないうすら寒さと寂しさを覚えた

 「川は渓谷にとって、人体の血管と同じだ、ダムに水を取られた渓谷に命は無い」

黒部ダム完成後は、そう言い残して黒部に入ろうとしなかった冠松
それでも亡くなる数年前、御年83の夏、十字峡でテントを張って一晩過ごしたのが最後だったとのこと

その夜、偉大なる冒険家は、奇跡の十字で何を想ったのだろうか

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■小槍登攀 1924

全137点のモノクロ画像
昭和初期の記録映像
冠松次郎と志水哲也、戦前と現在の黒部を対比するスライドショー
巨人たちの遺した硝子板写真とヴィンテージフィルム
地図にピッケル、友へ宛てた手紙
彼らと、彼らの愛した黒部を称えた詩

そして

冒険と言う名の魂

写真集を手にウイスキーに酔い
今夜も黒部を彷徨っている


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by slow-trek | 2014-04-06 01:28 | 断想 | Trackback | Comments(6)
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Commented by pallet-sorairo at 2014-04-06 14:40
私も先週半ばに行ってきました。
自分が訪ねたことのある場所がそこにあるというわくわく感はともかくとして
モノクロの世界に浸れるすばらしい写真展でした。
高校生の頃、室生犀星の詩を好んで読んでいた私としては
冒頭に冠松の詩が飾られていたのもちょっとした驚きでした。
志水さんのお話も聞いてみたかったです。
それにしても、さすが黒部フリークのスロトレさん。
すばらしいレポですね。
もう一度、写真展を楽しんだような気もちがしました、ありがとう♪
Commented by katsu♨ at 2014-04-07 00:05 x
関東の山ブロガーさん達は皆さん行かはってますねぇ
羨ましいかぎりです・・・
GWまでにお江戸へ行く用事も無いし・・・
関西ではやるはずも無かろうと思いますし・・・

スロさんは、ええ時間と空間と思いを愉しみましたね♪
酒の肴たっぷりでんな〜(笑
Commented by slow-trek at 2014-04-07 23:40
palletさん
室生犀星の詩、あの壁一面に広がる詩は素晴らしい演出でしたよね
恥ずかしながら室生犀星って誰なんだ?って、慌ててメモしました。
志水さんは例によってシャイだけど芯の強い語りでした
内容的には、永田さんのお話の方が惹かれたかなぁ・・・
あの写真展の主題となった黒部の写真あるでしょ?あれって
大昔の岳人に、表紙の次ページとして折込で載ってたそうです
永田さんは、当時山岳部(高校生)で、あの写真を見て黒部に
行かねば!って思ったそうです、あの一枚で永田さんは山に
のめり込み、やがてその写真を載せた岳人の編集長になるって・・・
あぁ、今夜もまた黒部です、palletさんのせいですよ(苦笑)
どうもありがとうございました
Commented by slow-trek at 2014-04-07 23:44
katsu♨さん
関西ではしませんよね、東京都写真美術館の企画なので。

>酒の肴たっぷりでんな〜(笑

もうね、写真一枚で三杯イケますよ、はい
でね?137点、その全てと、文章が載ってるのですよ、はい
あ、私の買った写真集のことですが、これでね、もうね
この夏、なんぼほど呑めるねん^^;ですよ
Commented by げんさん at 2014-04-08 23:44 x
こんばんは。
黒部と槍。このモノクロの世界に引き込まれてしまいました。

ええ、この記事拝見しているだけで、すでにウイスキー2杯ですよ(笑)
Commented by slow-trek at 2014-04-09 00:03
げんさん
え?もう2杯ですか?早っ(笑)
ま、ちょいとしたおつまみに、どうそ
ってか、げんさんには、素敵なおつまみ、いっぱいありますよね^^;
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山行記録と山にまつわる物語


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